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『自分や人生を変えたい・・・遅すぎるなんてないよね?』ちょっと不安を抱きながらも試行錯誤、チャレンジ、挑戦、もがきたい・・・!日常の出来事や経験、思ったこと、うつ・パニック・不安、愛犬ポメラニアンのことなどを綴っていきます。気持ちの整理も兼ねて書くから文章がまとまっていないこともあるかも?

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社労士試験の結果と今後について。

11/6(金)に社労士試験の合格発表がありました。

合格してました。

8:30に官報ウェブで見て、9:30に社労士試験センターで見て、確信しました。

初めはケタ数の多い受験番号を見間違え「落ちた…」と凹みましたが、見直したら「番号がある…」。

信じられませんでした、自然に涙が出ました。

 

仕事を辞めて、「世の中、頑張ったって報われるわけじゃない。結局はモンスター社員が生き残り、まともに仕事に取り組もうとしていた人間が弾き出され続ける…努力とか真面目とかそんなもの何の意味もない。バカくさ…。」と思って、生きることにも、働くことにも、何にも前向きになれない3年間でした。

このまま、立ち直ることなくただ死ぬまで時間が過ぎるのを待とうかと思った時期もありました。

夫がいなくなったら生活できない、そしたら生活保護かな…もう、そんなことどうでもいいと思っていました。

生きることに、希望も明るさも全く見えない。

目にうつるもの全てが灰色に見えていました。

正直、まだまだ立ち直れてはいません。

なぜ、真面目に頑張って生きようとしていただけの私が『立ち直る』という言葉を使わなければいけないのか。

納得はいきません。

でも、これまでの人生、休むことはあっても止める(辞める)はなかった。

そんな私が、仕事を辞めた。

自分を守るためとはいえ、敗北であり、挫折でしかありません。

何に負けたのか…モンスター社員に対してなのか、守ってくれず何もしてくれなかった会社に対してなのか、あの状況をどうにも出来なかった自分になのか、弱い自分になのか…まだわかりません。

ただコツコツと頑張ることができるという取り柄が、時として、いや大人になってからは何の意味もないんだと突きつけられ…仕事を辞めたことは人生最大の挫折以外の何ものでもありませんでした。

 

心がポッキリ折れて、前向きに生きることを諦めていた私に、社労士試験合格は「そんなことない、報われる努力はあるよ!」と教えてくれた気がしました。

社労士試験に受かったからといって、私の生活は変わるわけではありません。

働くことは難しい。

では、なぜ試験を受けたのか。

ほんの少しの望みを信じたかったのかもしれない、確かめたかったのかもしれない。

「頑張れるって無駄じゃないよね…?意味あるよね…?」

自分のわずかな取り柄が無駄じゃないって思いたかったのかもしれない。

じゃあ、これからどうするのかというと、それに悩みすぎてブログに合格を書けずにいました。

「受かった、やったー!」より「受かった…どうしよう…」が先に来る病的な思考です。

正直、落ちていたらそれはそれであと1年勉強するだけなので、何かを変える必要もなく、ある意味楽でした。勉強する辛さはあるけど。

受かったら、これから先をどう過ごすかいちから決めなきゃいけない。

『変化しない』ということは、何かを得ることもないけど、失うことも傷つくこともない。良くなることもないけど、悪くなることもない。こっちの方が楽なこともある。

でも、これから先をどう過ごそうかと何かを決める、『変化する』ということは、良くなるかもしれないけど、悪くなるかもしれない。何も得られないかもしれないし、何かを失うかもしれないし、ひどく傷つくかもしれない。そして、それが分かるのはしばらく経ってから。

私にとっては、変化しない方が楽だった。

これからさきをどう過ごそうか考えた時に、灰色の景色だけを見て、ただ死ぬまでの時間が過ぎるのを待つような生活に戻ることも考えた。

それはそれで楽、今の私にはそれ以下がないから。

というより、1人では近距離しか外出できず、ほぼ家で過ごす私がそんな生活に戻るのはすごく簡単なことだった。

でも…そんな楽しみや充実感のない生活はもう嫌だった。

テレビを見て、できる家事をやって、ただただ死ぬのを待つ生活は、楽だけど楽しくなかった。

そんな生活にまた落ちていきそうになる、そこにいればそれ以上傷つくこともないと、引きずり込まれそうになった。

パッと見、元気に見えていても心は折れたままで、ほとんど立ち直れていない。

うつ気分、緊張、不安、暴走するマイナス思考、精神症状にひっぱられて出る身体症状…思うようには、理想のようには動けない、できない。

それが、今の私の現実。

でも、もう灰色の生活には戻らない。

ビッグチャンスにはできなくても、小さなきっかけは失わない。

夫は、ポンコツすぎるダメ人間の私が働かない、働けない状況に何も言わない。

むしろ、働いたりしてまた大きく体調を崩されることが心配で、そうなるくらいなら働いて欲しくないように見える。

夫のおかげで生活はできて、夫はこんな私を受け入れてくれているという恵まれた環境に、今の私はいる。

病気のせいで制約は多いし、周りの友達のようにキラキラした生活は送れないけど、そんな不自由な私でもできることを少しずつやっていこうと思う。

担当医には「今はコロナ禍で職場も働いてる人もあまりいい状態じゃないとこが多いみたいで、可能なら落ち着くまでは勉強したりして家で過ごす方がいいと思う。」と言われた。

夫にも「ポメ子もいるし、コロナで失業者がいっぱい出てるっていうから仕事が見つからないってこともあるだろうし、環境がコロコロ変わってる時だからから落ち着いてからにしたら?」と言われた。

周りは、慎重。

本来なら「周りがなんと言おうと私は働くんじゃい!」と言いたいところだが、やっぱり今の私にそんなパワーはない。

だから、おとなしくしていようと思う。

時間のある今だからできる、興味のあることを少しずつ勉強していこうと思う。

ずっと「時間ができたら…」と先送りにしていた資格にも挑戦したい。

でも、今は大丈夫だけど、10年後は私も働かないと生活が破綻すると分かっているので、ジリジリと小さく小さく進んでいきたいと思う。

それとあわせて、薬だけではどうにもならないパニック障害を何とかすべく少しずつ行動範囲を広げるトレーニングをしたいのだけど、時期的に微妙すぎて…。

とりあえず、猶予は最長10年あるから、この10年で不安や緊張から解放された生活を送れるようになりたい。

ジリジリ前進が何かにつながると信じてる。