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『自分や人生を変えたい・・・遅すぎるなんてないよね?』ちょっと不安を抱きながらも試行錯誤、チャレンジ、挑戦、もがきたい・・・!日常の出来事や経験、思ったこと、うつ・パニック・不安、愛犬ポメラニアンのことなどを綴っていきます。気持ちの整理も兼ねて書くから文章がまとまっていないこともあるかも?

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うつうつ気分を抜けて。

ちょっと前までのうつうつ気分を抜けました。

抜けると「なんで落っこちてたんだっけ?」と原因すら思い出せない。

 

落っこちるとこまで落っこちるのも必要だけど、ちょっと抜け出せそうな感じがしたら、ちょっと行動してみる。

薄暗い部屋でじーっと座ってるんじゃなくて、窓あけて、家の空気を流して、料理して…思ったことをやってみる。

抹茶プリン作った。

トッピングの小豆も煮た。

いつもは素を使う炊き込みご飯も作った。

ずっと気になってたタルトタタンも作ってる。

(現在進行形な理由は…壊れてるわけじゃないけどレシピ通りだと不十分な焼き上がりにしかならず、2倍くらいの時間焼かないといけない古いオーブンを使っているため出来上がり不明。)

AFP認定研修申し込んだ。

ファイナンシャルプランナーの一種。)

この辺までこれると、好きなことができる今の生活が楽しいと思える。

それでも、何か灰色の思考が頭をよぎるし、心の中には灰色のものがくすぶってる。

でも、ただじっとしてるんじゃなくある程度ゴイッと動く強引さみたいなのが必要な時がある。

 

とは言っても、まだまだグラングランな時期に嫌なことがあると記憶に残りやすくて。

今日、スーパーの帰りにおじさん…あれはおじいちゃんか?

自分が年取ると、おじさんの年齢も上がる気がする。

自転車同士ぶつかりそうになった。

家のちょっと手前で、家が右側にあるからと道路の右側に移動した私も悪いんだけど、そしたら前方に下り坂の橋を結構なスピードで下りてくるおじさんが。

「まさかそのスピードで来ないよね?」とどう避けたらいいのか戸惑ってたら、そのままのスピードのおじさん。

私の存在に気づいてなかったね。

戸惑いすぎてチャリこぎ続けられないくらいヨロヨロしてたらギリギリでおじさんが私に気づき、「っぶねぇな!」と吐き捨てて行ったけど…あんたのそのスピードと前方不注意も危ないよ。

振り返ったらすでに小さくなったおじさんが見えたけど…気をつけよ。

家に帰ってから、スーパーから家まで左側走行のみで帰る道を考えてみたりした。

私が悪いからしょうがないのだけど「っぶねぇな!」が結構グッサリ刺さるくらいの絹豆腐レベルのメンタル状態の時にはちょっとキツイ出来事。

とりあえず、これからは気をつけよ。

首を寝違えるってこんなに痛かったっけ?

頻繁にはないのですが、首を寝違えました。

これまではそこまで痛くもなかったし、ほっといたら2〜3日で治りました。

けど、今回は違う。

微妙な角度の差で左を向くと痛い!!!

「うっそ!こんな痛いか?」と思ってググってみたら、寝違えって軽い肉離れらしい。

すぐに情報が得られる現代がすごいと思った。

のと同時に、本格的な肉離れってどんだけ痛いんだってゾッとしました…。

ググった結果、ストレッチとかマッサージは避けた方がよさそうだったので、ロキソニンテープを貼って痛みが治まるのを祈ることにしました。

でもね、夕方になっても治らず…。

これは自然に痛みがひくまで待つしかないのか…とゲンナリしつつ、モス食べて、お風呂に入りました。

そしたら、お風呂に入ったら痛みが治まったんです。

ちょっとしたら痛みが復活したので一時的ではあったのだけど…ってことは、「温めたほうが楽になる?」と思ってサロンパス温感を貼って一晩寝たら、かなーり痛みが軽くなりました。

今まで「寝違えて首が動かせなくて…」って人に対して「そんなバカな!」と思ってたけど、寝違えを軽くみちゃいけませんね。

初めて経験する体の不調を経験すると年を感じます。

最近密かに恐れているのはぎっくり腰です。

まだ未経験、ぎっくり腰は親や夫が苦しんでいるのを見ているので恐ろしくて仕方ないです。

こんな毎日が嫌になる時がある。

今日は朝からなんだかダルくて体の調子が悪いせいか、精神的にもあまり調子が良くない。

いや、また考えすぎて疲れちゃって体の調子が悪くなったのかも。

ダルくて動けなかったり、眠くてしょうがなかったり、ひどい吐き気がしたり、比較的回復を感じられるようになった今でも急な謎の体調不良に襲われる。

 

朝起きてご飯や洗濯、日によっては掃除機、私の朝のルーチンは9時には終わる。

その後、日によってはスーパーに行くこともあるが、それは週に1〜2日で、基本的には毎日夕飯の準備を始める16時までやることはない。

恵まれた生活をしていると思う。

体調不良の時は休めるのでとても助かる。

9〜16時、散歩に行く以外はテレビを見て過ごすことが多いが、ふとした瞬間に「私、何してんだろ?」と思うことがある。

多くの人が働いてるこの瞬間に、私は何で暇つぶしに大して興味もないテレビを見ているんだろうと。

ただ、時間が過ぎるのを待つ毎日に嫌気がさす時がある。

普段、夫は19時に帰ってくるが、仕事の都合で20時、21時になる時は最悪だ。

つぶさなきゃいけない時間が増えるだけだから。

共働きだった時は、1人の時間が貴重で、わずかな時間を楽しめていたのに。

 

家近辺では問題なく過ごせても、うつやらパニックやらあることを考えると、生活を大きく変えるのは難しく、今の生活なのは仕方ないというのは分かってるけど、『仕事と育児を両立する現代の30代女性像』と自分のミゾに落っこちてしまうことがある。

そんな押し付けがましい女性像にあてはまらない人もたくさんいると分かっていても、自分以外はみんな充実した生活を送っているように見えてしまう。

そんな充実した生活に少しでも近づきたくて「家でできる仕事を探してみようか?」「何か勉強しようか?」と何度も何度も思うけど、一歩踏み出す勇気が出ない。

進もうとする自分と「そうすることに何の意味がある?」と、そこに留まろうとする自分との間でずっとグラグラしてる。

結局は、世間一般の30代女性にはなれない、私は私でしかない。

進もうとするのも自分だけど、足を引っ張るのも自分。

安心で安全な今の生活にちょっと充実感が欲しいなんて、私は欲張りなんだろうか。

今の生活につかりきるのも怖い。

いつまでもこの生活が続く保証なんてないし、守られてるだけの自分が嫌になる。

弱い人間が少し強くなるにはどうしたらいい?

グルグルとそんなことばっか考えてる。

負のループにはまっちゃってる、やっぱ調子悪いんだな、私。

年金アドバイザー3級の結果と思うこと。

年金アドバイザー3級の結果が届きました。

合格してました。

自己採点で合格ラインは超えていたので、全問マークミスでもしてない限り受かってると思ってましたが…。

夫が「おめでとう、すごいじゃん。」と言ってくれたので「いや、あれは受かると決まっていた。」と言ったら「あんた何言ってんの?」と言われました。

そりゃそうです、この返しは自信満々の頭おかしい人ですよね。

しかし、自分のモチベから分かってはいたけど、涙を流し静かに歓喜した社労士試験とは違って何も感じない。

興味のあることはとことん頑張れる反面、興味のないことは全く頑張れない振り幅の大きさが怖いと思っていましたが、人間なんてそんなもんですよね?

でも、こうして結果が目に見える形になると心は少しずつ解けていくというか、動くような気がします。

 

コツコツ仕事をこなせても、メンタル病んで会社に残れないと意味がない。

モンスター社員でも、会社に居続ければ何とかなる。

同僚も上司も会社も誰も助けてなんてくれない。

結局は自分がかわいい。

メンタル病む社員は問題を大事にすることなく、静かに辞めていってくれた方が都合がいい。

辞めてってくれたら、嫌がらせもいじめもパワハラもなかったことになる。

散々仕事振って、最後はあっさりさよなら。

退職の挨拶にアポ取りしてたのに、直前に「ちょっと別の用事が入って…」と上司からドタキャン。

退職時には社長と上司に挨拶するのが慣例の会社で、どんなに揉めた退職でも上司や社長に会えずに辞めていった人を見たことはなかった。

退職まで日がなかったので、私は最後の挨拶すら受けてもらえなかった。

「部下なんて、都合悪くなったら結局は使い捨て」そう思って3年間過ごしてきた。

雇われることが、死ぬほどバカバカしいことなんだと思いながら。

他人のために働くなんて、評価なんてバカくさ…と。

自分を守れるのは自分だけだと。

なんか、今まで他人軸で人に評価されたり認めてるてもらう事に必死だった価値観にヒビが入った気がする。

壊れ始めてる気がする。

そして、なんのアテもないけど試験を受けて合格できることで、もともと大してなかった粉々に砕け散った自信を、少しずつ、本当に少しずつ取り戻していこうとしている気がする。

コツコツ努力できることは私の唯一の取り柄。

直接は何にもつながらなくても、試行錯誤しながら自分を取り戻す、新しく作り直す。

自分がいかにポンコツでダメ人間か知って、私に守れるものは多くないって知った。

いや、守られることはあっても守れることはないのかもしれない。

家族を守る力すらないと思う。

微力すらない。

でも、自分のことは自分で何とかしなきゃ。

どうにもならないような奴でも、自分だけは自分が何とかしなきゃ。

『自分』は自分以外、誰にもどうにもできない。

私、もう、他人のためには生きない。

人のためが自分のためになるとか、そんな綺麗事、今はいらない。

私は、自分のために生きる。

生きることを諦めようとした、投げ出したかった、生きることに後ろ向きな私が、「生きる」と言えるだけでも進歩かな。

 

 

雨の日はラッキー♪散歩嫌いな犬と飼い主の散歩ルール。

雨って出かける予定があったりすると嫌ですよね。

長く雨の日が続くと、私は精神状態が悪くなるので長期間は嫌です。

あと、洪水地域に家を建てるという致命的なミスをしたので大雨もやめてほしいです。

でも…たまにの雨ならラッキー♪

散歩が嫌いなのです、ポメ子と私。

ポメ子の散歩嫌いはだいぶ改善して、行けば楽しそうに歩くことが多いけど、「お散歩大好き!」「雨の日はカッパ来てお散歩!」ってほどの犬っぽさは全くありません。

いつも「お散歩行こう!」と声をかけると、嬉しいのか嫌なのか両方なのか、挙動不審に走り回ります。

散歩を察知すると逃げます。

ボーロでつらないとリードはつけさせてくれません。

…散歩は嫌だけどボーロは嬉しいから、混ざって挙動不審に走り回るのかな?

私は散歩が嫌いというより面倒臭くて…まぁ行かなくていいならそれに越したことはないのだけど。

ポメ子と私の運動のために行きます。

ポメ子は3歳にして家ではほぼ寝てるっていうおばぁちゃん犬みたいな生活をしてるので、運動する機会は積極的に作らなければいけません。

私は数年前から積み増した8キロを何とかするためにちょっとした運動も貴重なのです。

あと、仕事辞めてから体力の低下がひどくて、私も積極的に運動する機械必要だよね…。

どちらかと言えば散歩には消極的な私たちですが、雨の日は何の後ろめたさもなく散歩を休めるのです!

判断基準は、散歩の時間は決めていないので、散歩に行ける時間に道路が濡れているかどうか。

前は道路が濡れていても雨が止んでいれば散歩に行っていたけど、ポメ子のお腹の毛までドロが跳ねて汚れちゃうんです。

拭けばいいんだけど、ドロ跳ねってあまり清潔な感じがしないから避けたくて、道路が濡れていたら散歩は休みというルールにしました。

前は「犬は散歩に連れていかなきゃ!」とか「散歩好きの犬にしなきゃ!」とか思ってたけど、世間の犬像とかルールを実践しようとしていた時は辛くてしょうがなかったけど、愛犬を観察して自分たちのルールを作るようにしてからはグッと楽になりました。

ちなみに、賛否あるのは分かっていて、私たちは6〜9月は散歩オフシーズンです。

理由は、短時間でもポメ子の呼吸が荒くなり歩くのもやっとになってしまうので、健康のための散歩のはずがポメ子を危険にさらしていると思ったから。

その代わり、10〜5月はがんばります、できるだけ…。

でも、今の時期になると寒い日は散歩を休む人が多いのか、なかなかワンコたちに会いません。

暖かいと会うんだけどな…。

昨日は、本当に寒くて、散歩に出たはいいものの寒くて途中からフードかぶってました。

フード+眼鏡+マスク+縮こまった前傾姿勢…不審者。

ちなみに、紫外線が気になる時期は帽子+眼鏡+マスク…不審者。

しかも、帽子は紫外線避けの超ツバ広帽子かランニング用の首回りが隠れて目元だけ出るキャップ。

不審者と通報されるような行動はもちろん避けるけれど、不審者に見える格好は平気です。

 

犬はいつになったら落ち着くのか…。

私の犬のイメージといえば、人懐っこくて、愛嬌があって、賢くて、飼い主の言うことを聞いて…。

っていうのは、愛犬ポメ子を飼い始めるまでの話。

ポメ子は、全てを裏切ってくれるような犬なんですね。

私が持っていたイメージがいかに人間に都合の良い理想を押し付けただけのものだったかを痛感しました。

 

ポメ子と暮らして3年、悩んだり困ったことは多々ありました。

①胃腸が弱い。

②ごはんの食べムラがある。2〜3日食べないこともある。

③散歩が苦手。全くできない状態からドッグトレーナーのもと決まったコースなら歩けるようになった。

④よく吠える。聞き慣れない音、外から聞こえる会話、インターホンなどにはギャン吠え。

⑤なんでも噛む。食べようとする。毛布には穴がたくさんあき、カーペットの裏地は食いちぎられまくり。ティッシュ、紙、つまようじ、小銭、ほこり、自分の毛、道に落ちてるゴミ、ガム、タバコ…。子犬の頃には石食べてた。

⑦1人(1匹)で寝れない。ある時期から寝なくなって、それ以来夫が私がリビングで一緒に寝てる。

⑧本気で噛む。夫も私も何度血を流したかわからない。太ももや二の腕に歯型の穴があいたり、青黄色く内出血したことも。

⑨夫と私以外の人、犬が苦手。

⑩私たちの食事中にう◯こする確率高い。

 

これくらいかなぁ?

こう書いてみると「何が楽しくて犬飼ってるの?」と聞かれそうだけど、大抵のことはもう受け入れ済みで、確かにベッドでゆっくり寝れないとか大変なことはあるけど、そんな大変さとか吹っ飛ぶくらいかわいい瞬間がたくさんあります。

かわいい、大好き、愛おしい99%。

ポメラニアンなのに毛が少ないっていう出オチ感はあるけど、良くも悪くもとっても純粋な犬なのです。

おやつがもらえると分かれば回転しながら走ってくるし、合図もしてないのにお手をする。

ゼリーの時間になればにっこりした顔でおすわりかふせていい子アピール。

秋〜春は私のあぐらが定位置。足を伸ばしていたりするとあぐらをかけと催促する。あぐらにいなくても、私の横にいることが多い。

モフ尻に細い足、お尻フリフリしながら歩く後ろ姿がたまらない。

…気に入らないことがあれば吠えるし本気で噛むし猛抗議もしてくるけども。

とりあえず、いいところも悪いところも全てひっくるめてかわいい。

ただ、1つどうしても困るのは何でも食べようとすること。散歩中も周囲に気を配り、家では口に入れそうなものは届く範囲に置かない、落とし物はしない、落としたら速攻で拾う…など、気をつけているけど、草の中に紛れてるティッシュや小さなゴミは見落としてしまう。

物によっては命に関わるから見落としちゃいけないんだけど、どうしても100%予防はできない。

こんな異食とか誤飲もそうだけど、うちのポメ子は家に来た時かは問題行動が多くて「いつになったら落ち着くんだろう…」と思ったりした。

ネットでは「1歳頃には落ち着く」「3歳頃には落ち着く」という記事を見かけたけど、うちのポメ子は3歳をすぎた今も変わりません。

人間と一緒でいくつになったら落ち着くなんて決まってない。

そして、犬といっても性格がある。

私たちなりにしつけもしているけど、全てが思った通りにはいかない…というより、思った通りにいくことなんてほとんどない。

言葉で会話ができない相手だから少しずつ少しずつ地道に積み重ねるしかない。

たぶん、ポメ子に落ち着いた成犬期なんて来ないと思う。

3年一緒に過ごしてきて、私の方が育てられた感がすごくあって、まだまだ長い時間大変な時を過ごしていくんだろうなぁと思う。

たぶん、「この子落ち着いたな…」って感じる時はポメ子はがおばぁちゃんになった時で、そんな時が来たらそれはそれで寂しいんだろうな…。

 

 

リサイクルカードと1000円札を落とした…。

私が利用させて頂いているスーパー2店のうち、1店では古紙とペットボトルを回収しています。

リサイクルカードにポイントを貯めると割引券を発券できます。

古紙は重さ、ペットボトルは本数でポイントが貯まります。

私は自転車で買い物に行くので、古紙を持って行くのは大変で、ペットボトルのみ利用させて頂いています。

大きさ関係なくペットボトル1本につき0.2ポイント、50ポイントで50円割引券、100ポイントで100円割引券を発券できます。

…とまぁ、結構な本数をリサイクルしないと割引券はもらえないんだけど、捨てる物が割引券になるお得さと2週間に1回のゴミの日までペットボトルを置いておく必要なく買い物に行くタイミングで処分できることが私にはメリットです。

リサイクルカードはサッと取り出せるように、もしものための1000円札と一緒にスマホケースに入れていたのですが…気づいたら、ない!

コートのポケットもリュックの中も家も探したけど…ない!!

散歩に行ってポメ子を撮影した時はあったような、なかったような…。

あると思い込んでたものだから、いつなくなったのかも定かじゃない…。

リサイクルポイントは有効期限がないし、割引券の発券はいつでもいいやと思っていたので、貯めるだけ貯めて発見していないっていう…。

意外だったのは、1000円については「2回マック我慢すれば回収できるなぁ。」と思たけど、リサイクルカードが無くなったことは結構ショックだったこと。

チャリで2分ペットボトルを運んで機械に入れるっていう労力がかかってたからかな。

お金的には1000円の方が大きいのに。

リサイクルカードは見向きもされないだろうけど、1000円は誰かの役にたっただろうなぁなんて思ってたりします。

リサイクルカードを失って「確かに結構労力かかるよなぁ。」なんて思ったけど、やっぱりゴミ回収より高い頻度でペットボトルを処分できるのは魅力的で、新しいカードをもらってきました。

ちなみに、そのスーパではポイントはつかないけど食品トレイやビン、缶も回収していて、こちらもゴミの日を待たずに買い物に行くタイミングで処分できるので利用させてもらってます。

最近はペットボトル飲料を飲むことが減ったので50円券発券できるのは1年後くらいかな…。

 

物を捨てる。

最近…ちょっと前から「物を捨てる」ということに挑戦しています。

というのも、どうも私は精神状態が悪いと物を溜め込むクセがあるということに気づきまして。

精神状態が比較的安定しているときは食材も日用品もそんなにストックがなくても気にならないけど、精神が乱れているときはあっという間に物で溢れかえる…。

『精神状態が悪い人=汚部屋に住んでる人』ってのは前から見聞きしていたけれど、私も当てはまっていたとは…。

また、これは逆に考えることもできて、私の場合、買って買って買ってストックをためてためてためないと気が済まない時は、「私、今、精神乱れてます?」と自分に問いかけるきっかけにもなります。

そうして冷静にになれると、それ以上買う必要はないことや、行き詰まっていたり辛くなっている自分に気づきます。

私は、風水とか何かをものすごく信じているわけではありません。

「運とか気の流れとか目に見えない何かもちょっとはあるのかなー?」位には思ってます。

元々、精神が乱れやすい私は、物があることで安心する部分があって…なくても困らないのに「困るかもしれないから…」とクローゼットもタンスも衣装ケースも食器棚も引き出しもあるとあらゆる収納はパンパンにしてしまう。

ひどい時は、去年の春だったかな?ネットで見た、石油がどうのでトイペがなくなるっていう怪しい記事を見て、不安に駆られてネットでトイペを箱買して約100ロールストックしたこともありました…もちろんトイペは普通に売られてました。

2人で1年はもちましたよね。

クローゼットにも入らなくて、空き部屋にドーンでした。

緊急事態宣言の時もカップ麺買いすぎて食べるのに苦労しました。

書類も全てファイルに保存。

でも、ちょっと前から収納がパンパンになっている事に嫌気がさしてきたんです。

同じ物をタンスにゴン5箱もいらないでしょ…って。

自分の周りに物が溢れているのが嫌になった。

そんな感覚初めてなんだけど…思い切って物を捨ててみました。

夏前には、もう着ない夏服を捨てて。

秋前には、もう着ない&着古した服を捨てて。

そしたら、急に秋っぽい気温になった時に着る物なくなって焦って買いに行きました(笑)

本当なら、秋に夏物、冬に秋物を処分するんだろうけど、何か月もいらないと思ってる物をそばに置いておきたくなくて。

 

そして、明日はブックオフの宅配買取をお願いしました。

本、CD、DVDで100個くらいあるかな。

ずっと、気に入ってるとかタメになるからって手元に置いてあったけど、何年も開かない本はもう手元に置いておかなくていいかなって。

それはもう、私にとって役目を終えたものなんだろうと。

新しい本を読みたいから新しい本を迎えようかと。

いらない物を処分して、その時必要な物を手元に置く…物に固執するのではなく、その時の自分に合わせて物を循環させるって必要かなと思い始めました。

処分して困ったら困ったで必要ならまた買うしかないし、それもまた経験なのかな…と思ってます。

気に入った物や必要な物に囲まれて暮らすのが目標です。

程遠いけど。

 

はてなブログをProから無料に戻しました。

約2年前、『アフィリエイト収入』とか『ブログ収益化』という本やネットの文字につられ、「ブログで収入が得られたらすばらしい!!」とアメブロをやめ、はてなブログを始めました。

何度か壁にぶつかりつつも、アフィリエイトに申し込んだり、無事にGoogleアドセンスにも合格し…。

 

先日、はてなブログProの更新の時期を迎えたんですが、更新はしませんでした。

独自ドメインの更新もしませんでした。

つまり、ブログから収入を得ることを諦めました。

 

なぜかって?

 

そー簡単にお金稼げたら誰も苦労しないよね!

 

この一言に尽きます。

「何としてもでもブログ収入で生活する!」と固く強い決意があって、SEOとかライティングとか必要なことをとことん勉強して、試行錯誤できる人であれば違うと思う。

でも、私はそうじゃなかった。

ブログとかネットとか、そこまで熱心になれなかった。

ブログがお金を稼いでくれて、自分はフリー♪の生活に憧れつつも、そんなうまくいかないってどこかで気づいてとのかな。

本気になれなかった。

そして、私にとってブログは、世の中の疑問や悩みに応えたり、誰かの助けになったり、人々のために有益な記事を書くことより、私が今何をどのように感じているかを率直に書く場所でありたかった。

そんな独り言のような場所が収入になんてなるわけもく…。

でも、普段、思ったことも言えず、周りの顔色を伺って、怒られないように、不快感わ与えないようにビクビクして生きている私には、自分の気持ちを自分の言葉で書けるブログはお金を稼ぎ出す以上の価値がある。

頭の中でグルグルグルグルずーっと待ってねマークでいることが多く、考えすぎて疲れ果てる私には、自分の考えを表現できる場所はとても重要だから。

あと、2年前はブログに費やす時間があったけど、資格の勉強を始めてからはそっちに時間が取られるようになった。

そして、資格の勉強には夢中になれた。

仕事とか義務の発生しないものについて、私は興味のないことは本当に頑張れない。

興味のあることはとことん頑張れる。

だから、途中から「私にブログ収入は無理だな…」って気づいてた。

 

お金の面から見ると、

アフィリエイトでの収入200円台。(入金済)

Googleアドセンスでの収入300円台。(未入金)

ブログ収入、2年で合計500円くらい。ウケる。

それに対して、

はてなブログPro利用料14000円。

独自ドメイン1000〜2000円。

ブログ支出、2年で合計15000〜16000円。

まぁ、最近採算なんて合うはずもない。

それでも、更新期限直前になると「本当にやめていいんだろうか」なんて悩んだけど、やっぱり総合的に考えて、ブログ収入は無理なこと、費用がかかること、自分の気持ちをつづる場所にお金をかけなくてもいいことから、Proから無料に戻しました。

 

そしたらね、それまではブログを更新しなくても10〜50くらいアクセスあったのが連日0になってちょっと焦ったよね…。

よく分からないままに、詳しい人の解説の真似っこで使ってとGoogleサーチコンソールとかちょっとは意味をなしていたのかもしれないと思いました…。

やっぱり自分の気持ちをつづっているとはいえ、誰にも見向きされないのは寂しくて、コンソールとかいじったよね…。

でも、私が勉強に夢中になってる間に色々変わったみたいでさっぱり分からなかったし、ちゃんと設定できたのか分からない…。

さらに、無料版でGoogleアドセンス合格したって人がいたから、ダメ元で申請したり…あっさり不合格メール来たり…。

 

そんなことで、これからは無料版でポツポツと書いていきます。

 

 

社労士試験の結果と今後について。

11/6(金)に社労士試験の合格発表がありました。

合格してました。

8:30に官報ウェブで見て、9:30に社労士試験センターで見て、確信しました。

初めはケタ数の多い受験番号を見間違え「落ちた…」と凹みましたが、見直したら「番号がある…」。

信じられませんでした、自然に涙が出ました。

 

仕事を辞めて、「世の中、頑張ったって報われるわけじゃない。結局はモンスター社員が生き残り、まともに仕事に取り組もうとしていた人間が弾き出され続ける…努力とか真面目とかそんなもの何の意味もない。バカくさ…。」と思って、生きることにも、働くことにも、何にも前向きになれない3年間でした。

このまま、立ち直ることなくただ死ぬまで時間が過ぎるのを待とうかと思った時期もありました。

夫がいなくなったら生活できない、そしたら生活保護かな…もう、そんなことどうでもいいと思っていました。

生きることに、希望も明るさも全く見えない。

目にうつるもの全てが灰色に見えていました。

正直、まだまだ立ち直れてはいません。

なぜ、真面目に頑張って生きようとしていただけの私が『立ち直る』という言葉を使わなければいけないのか。

納得はいきません。

でも、これまでの人生、休むことはあっても止める(辞める)はなかった。

そんな私が、仕事を辞めた。

自分を守るためとはいえ、敗北であり、挫折でしかありません。

何に負けたのか…モンスター社員に対してなのか、守ってくれず何もしてくれなかった会社に対してなのか、あの状況をどうにも出来なかった自分になのか、弱い自分になのか…まだわかりません。

ただコツコツと頑張ることができるという取り柄が、時として、いや大人になってからは何の意味もないんだと突きつけられ…仕事を辞めたことは人生最大の挫折以外の何ものでもありませんでした。

 

心がポッキリ折れて、前向きに生きることを諦めていた私に、社労士試験合格は「そんなことない、報われる努力はあるよ!」と教えてくれた気がしました。

社労士試験に受かったからといって、私の生活は変わるわけではありません。

働くことは難しい。

では、なぜ試験を受けたのか。

ほんの少しの望みを信じたかったのかもしれない、確かめたかったのかもしれない。

「頑張れるって無駄じゃないよね…?意味あるよね…?」

自分のわずかな取り柄が無駄じゃないって思いたかったのかもしれない。

じゃあ、これからどうするのかというと、それに悩みすぎてブログに合格を書けずにいました。

「受かった、やったー!」より「受かった…どうしよう…」が先に来る病的な思考です。

正直、落ちていたらそれはそれであと1年勉強するだけなので、何かを変える必要もなく、ある意味楽でした。勉強する辛さはあるけど。

受かったら、これから先をどう過ごすかいちから決めなきゃいけない。

『変化しない』ということは、何かを得ることもないけど、失うことも傷つくこともない。良くなることもないけど、悪くなることもない。こっちの方が楽なこともある。

でも、これから先をどう過ごそうかと何かを決める、『変化する』ということは、良くなるかもしれないけど、悪くなるかもしれない。何も得られないかもしれないし、何かを失うかもしれないし、ひどく傷つくかもしれない。そして、それが分かるのはしばらく経ってから。

私にとっては、変化しない方が楽だった。

これからさきをどう過ごそうか考えた時に、灰色の景色だけを見て、ただ死ぬまでの時間が過ぎるのを待つような生活に戻ることも考えた。

それはそれで楽、今の私にはそれ以下がないから。

というより、1人では近距離しか外出できず、ほぼ家で過ごす私がそんな生活に戻るのはすごく簡単なことだった。

でも…そんな楽しみや充実感のない生活はもう嫌だった。

テレビを見て、できる家事をやって、ただただ死ぬのを待つ生活は、楽だけど楽しくなかった。

そんな生活にまた落ちていきそうになる、そこにいればそれ以上傷つくこともないと、引きずり込まれそうになった。

パッと見、元気に見えていても心は折れたままで、ほとんど立ち直れていない。

うつ気分、緊張、不安、暴走するマイナス思考、精神症状にひっぱられて出る身体症状…思うようには、理想のようには動けない、できない。

それが、今の私の現実。

でも、もう灰色の生活には戻らない。

ビッグチャンスにはできなくても、小さなきっかけは失わない。

夫は、ポンコツすぎるダメ人間の私が働かない、働けない状況に何も言わない。

むしろ、働いたりしてまた大きく体調を崩されることが心配で、そうなるくらいなら働いて欲しくないように見える。

夫のおかげで生活はできて、夫はこんな私を受け入れてくれているという恵まれた環境に、今の私はいる。

病気のせいで制約は多いし、周りの友達のようにキラキラした生活は送れないけど、そんな不自由な私でもできることを少しずつやっていこうと思う。

担当医には「今はコロナ禍で職場も働いてる人もあまりいい状態じゃないとこが多いみたいで、可能なら落ち着くまでは勉強したりして家で過ごす方がいいと思う。」と言われた。

夫にも「ポメ子もいるし、コロナで失業者がいっぱい出てるっていうから仕事が見つからないってこともあるだろうし、環境がコロコロ変わってる時だからから落ち着いてからにしたら?」と言われた。

周りは、慎重。

本来なら「周りがなんと言おうと私は働くんじゃい!」と言いたいところだが、やっぱり今の私にそんなパワーはない。

だから、おとなしくしていようと思う。

時間のある今だからできる、興味のあることを少しずつ勉強していこうと思う。

ずっと「時間ができたら…」と先送りにしていた資格にも挑戦したい。

でも、今は大丈夫だけど、10年後は私も働かないと生活が破綻すると分かっているので、ジリジリと小さく小さく進んでいきたいと思う。

それとあわせて、薬だけではどうにもならないパニック障害を何とかすべく少しずつ行動範囲を広げるトレーニングをしたいのだけど、時期的に微妙すぎて…。

とりあえず、猶予は最長10年あるから、この10年で不安や緊張から解放された生活を送れるようになりたい。

ジリジリ前進が何かにつながると信じてる。

 

 

 

小さいけど1歩ずつ。

行ってきました、10分バス、10分電車に乗ってユニクロへ靴下を買いに!

出発するまでは「今日じゃなくてもいいんじゃ…」「ユニクロじゃなくてもいいんじゃ…」「通販でいいんじゃ…」と行かない理由をいくつも探したけど。

別に今日じゃなくても、ユニクロじゃなくてもよかったし、通販でもよかった。

でも、通院とか絶対の必然に駆られない限り家から5分の範囲を出ないのではなく、ちょっとの用事を見つけて外に出る、公共交通機関を利用する。

恐怖とか不安を和らげるにはトレーニングが必要だと思った。

こんななんて事ない小さな小さな積み重ねがたぶん何かにつながると、フルタイムは怖いから無理だと思うけど何かしら働くことにつながると信じたい。

 

電車の中ではやっぱり変な、気持ち悪い緊張や不安を感じたけど…。

ユニクロ、セリア、洋服屋さんに行けました。

今日行った所は、私が前に働いていた会社の最寄駅で、久しぶりに行ったらすごく変わってた!

退職後1度、夫と行ったんだけど、その時は会社に近づくにつれて突然強烈な吐き気に襲われて…今回もどうなることかと思ったけど、会社に近づく予定はなかったから大丈夫でした。

突然強烈な吐き気ってどんだけトラウマやねんって思ってたけど、すんごいトラウマなんだろうな。

会社を辞めるって、ギブアップして辞めるってある意味人生初くらいの挫折だったから。

で、私は会社員っていう肩書きがなくなってただの専業主婦になった。

収入もない、ボーナスもない、同僚もいない。

私の周りに専業主婦はいない。

そういう意味では、全てを失って?色んなものを失って…今はもう失うのは夫くらいしかなくて、あと犬か。

でも、私個人というものに目を向ければ何もなくて、ここから何を掴んでいくかのような気がする。

だから、一見意味のないような小さなことでも少しずつ積み上げていきたい。

何かにつながると信じたい。

現状を変えたくて…

会社を辞めてもうすぐ3年。

しばらくは呼吸をしているのがやっとだった。

ちょっと体調が良くなってきても、またすぐに寝込んでしまうような日々。

薬をのんでいても数週間〜3か月おきくらいに寝込むような日々が続いて、一進一退、全く前には進めていなかった。

周りの友達は仕事をして、子どもを育てて、すごく充実してキラキラ見えた。

それに比べ、私は…。

「夫がいれば生活はできる。もう死ぬまでこのままでいっか…。」

なんでだっけ、何か本能的なものが訴えかけてきたんだと思う。

鬱々とした、景色が全てグレーに見えるような毎日の中で、「やるなら、今が一番時間があるかもしれない…。」と社労士試験を受けると決めた。

そうは言っても、あまりに高い壁に思えて、全く勉強に手がつけられなかった。

怖くて、プレッシャーで。

それまでの私は「試験は受からなきゃ意味がない。」と思ってた。

そんな小生意気なプライドでどうにかなるほど社労士試験は簡単じゃない。

それまでに受けてきた試験とは位が違う。

そうしてビビってるうちに祖父が亡くなって、義母が2回倒れて緊急搬送された。

「あー…やっぱ私の人生こんなもんか。何かしようとすると何か起きる。」

諦めようかと思った、全部。

ちょっとだけ動き出せた自分も、それから先の人生も。

でも、亡くなった祖父はやっぱり応援してくれている気がして、葬儀が終わって実家から自宅に帰った日の早朝?深夜?に祖父に会えたのは、私には現実で、背中を押された気がした。

「自分の思うように進めばいい。」

そう言われた気がした。

でも、ショックな出来事が続いたストレスは確実に受けていて、体調を崩して寝込む日が続いたり、「なんかもういつ死んでもいーや。」とうっすらずっと思い続けてた。

「死にたい」という強い衝動ではなく、いつも、常にうっすら「死ねたらいいのに」みたいなものが頭とか心とか片隅にあった。

その時期、担当医に薬を変えてみたらどうかと提案された。

「今まで診てきた中で一番辛そう、しんどそうに見えるから。」と。

抗うつ薬は過去に2種類効果がなかったことがあったから違う種類の抗うつ薬を使ってみようと。

正直、全く期待してなかった。

私はずっと鬱々とした毎日のまま死んでいくんだと思ってた。

でも、2〜3か月で「なんか違う?」と思い始めた。

劇的な変化はなかったけど、なんか希望が持てた気がした。

過去にもうつ病が悪化して抗うつ薬をのんでいたことはあるけど、抗うつ薬の効果をあんなに感じたのは初めてだった。

私の中にくすぶっていたほんの少しの明るい気持ちも強くしてくれた気がする。

その薬を飲みはじめてから1年が経った。

辛くしんどい時期を乗り切るために3〜4か月の予定だったけど、今もまだ減薬の予定も断薬の予定もない。

担当医の読み通り、自分の中に「死んだ方が楽」という考えが常にある、辛くしんどい時期は越えたけど、私の生活は働いていた時とは程遠い。

「うつ」は和らいだけど「不安」は変わらずある。

お腹が痛くなるのが怖いからできるだけ家にいる。

バスや電車には乗りたくない。

必要に駆られなければ乗らない。

徒歩も自転車も、バスや電車のように閉じ込められることはないといっても、いつも近くにトイレが見つけられるとは限らないから5分以上はちょっと怖い。

突然吐いたらどうしよう。

家が火事になったらどうしよう。

出かける前は何年も使っていないコンセントも確認してしまう。

クセみたいなものだけど確認しないと怖い。

コンロは目視して、ボタンの色を確認して、ロックをかけて、ガスの元栓を閉める。

出かける前の確認は、窓、コンセント、浴室と4〜5回は繰り返す。

コンロは何十回繰り返しているか分からない。

自分の目が信じられないのか、どこかでやめなきゃと思ってもやめられない。

「あー、もう!!」と、そんな自分にイライラする。

それが、私の現状だ。

病院以外、1人で出かけられるのは家から5分の距離。

それ以上は何かしらの不安や恐怖がある。

「私はずっとこの狭い範囲を出れないの?」と思うと、自分にウンザリする。

「どうしたらこの状況を変えられるのか…」

考えても分からなくて、担当医に聞いてもはっきりとした答えはもらえなくて。

だから、何の確信もないけど行動を変えてみることにした。

できるだけ家を出ないように過ごしてきたけど、ちょっとした用事で出かけてみる。

必要に駆られるのではなく、別に要でも急でもないんだけどバスや電車に乗ってみる。

明日は、10分バスに乗って、10分電車(各駅)に乗ってユニクロに靴下を買いに行こうと思う。

急に冷えてきたからヒートテックの靴下を買いに。

そんな行動の繰り返しの先に、もう少し自由に移動できる自分がいたらいいと思う。

でも、ちょっとした用事ってそんなに多くないし、挑戦できる気分の時とできない気分のときがあるから、かなり時間がかかると思う。

でも、この3年の私の生活とちょっと違うことを始めてみようと思う。

閉じ込めと腹痛が怖い…起きることなんて滅多にないのにね。わかってるのに。

警察にとめられる。

スニーカー難民問題は解決しました!

チャリで20分弱、昨日とは違う靴流通センターへ。

でも、一番欲しかったコンバースのスリッポンタイプの黒はやっぱサイズがなくて、店頭でデザインと組み合わせで悩み、何度も試し履きし、1時間半かけて納得のいく2足を選べました!

プーマの黒とフィラの白。

ちなみに25㎝です、どっちも。

でもね、でもね、私があーだこーだと悩んでたら、後ろで店員さんに「25㎝ないですか?取り寄せできますか?」って聞いてたおばちゃんがいたの!

しかも、今日行った靴流通センターは親切にもレディーススニーカーの値札のとこに「25㎝あります」と札が!

やっぱみんか足デカいんじゃないかとまた思った。

 

で、警察に止められたのはその帰り道。

いつも長いことチャリに乗るときはイヤホンで音楽を聴いてるんだけど…ただチャリ乗ってるだけじゃ暇だから。

いつも通りチャリこいでたら、警察が斜め前に止まったわけです。

辺りには私と歩行者しかいないから嫌な予感はしたんだけど的中。

「なんで止められたか分かります?」

「どうしてですか?」(うすうす気づいてたけど知らないふり。)

「埼玉はねー、自転車のりながらイヤホンは禁止なんですよー。片耳ならOKってとこあるんですけど、埼玉はイヤホン自体禁止なんです。3年で2回以上カードもらっちゃうと有料の講習受けてもらうことになるかもしれないんでねー。」

「えー、そうなんですか?すいませーん。」

「自転車が起こす事故じゃなくて、巻き込まれる事故が多いんですよー。」

(基本、こーゆうときは余程のことがない限り反抗しないタイプです。)

ってやってる脇で別の警察官がチャリの登録確認。

この後は身分証出して、赤いカードもらって警察とサヨナラした。

ら、そのしばらく先の道で同じ警察3人組がスピードなのか交通違反取り締まりなのか分からないけど、バラバラに小道に潜んでた。

今日の私が変に反抗心MAXで、すぐに再びイヤホンするような気分じゃなくてよかった…!

でもさ、県の条例なのか知らないけどそれってどこで告知してんの?

全国ニュースで取り上げられるのは基本東京ではどーのこーのだし、埼玉ローカルテレビとか広報?

ローカルは見ないし、広報は見落としてる?

そもそも、なかなか見もしない情報発信力弱いとこで告知してこっちが一方的に悪いって違反カードみたいなの渡されても困るんだけど。

って不満に近い疑問が湧いてきて、そもそも自転車が巻き込まれる事故が多いって、巻き込む方が悪くないですか?

自転車、巻き込まれてるんですよね?

イヤホンしてなくても瞬時に避けるなんて無理だと思うけど。

周りの音が聞こえないような爆音で音楽聴いてねーし。

と、ちょっとフツフツきてるわけです、今更。

そもそも、違反カード渡したり身分確認したり有料講習受けさせるくらいなら、交通ルールが全国で違うのもどうかと思う。

私みたいなただのママチャリとめてるくらいなら、プロが乗るようなすっごいスピードで走ってるチャリとか、「ひかれたら絶対死ぬな」と恐怖すら感じるくらいフルスピードでかっ飛ばしてる電動チャリを取り締まって欲しい。

電動チャリは、徒歩はもちろんママチャリ乗っててもぶつかったら絶対ヤバいと思う。

今まで何度も怖い思いしてきたけど、結局は何人か死なないと変わらないんだろうなー。

変なの、被害者が出ないと国民が守られないなんて。

被害出る前に守ってよ!

…あ、だから私今日とめられたのか!これが防止なのね!

っていうか、電動チャリってホントに区分がチャリでいいのかそこから疑問だ。

生きてると、疑問がどんどん湧いてくる。

 

足がデカい?いや、みんなもデカイんだよね?え、違う?

スニーカーがボロボロなのでそろそろ買い替えたいと思っていて、結構前から靴屋さんをのぞいてどんなスニーカーにしようかと考えていました。

優柔不断ですぐには決められないのであらかじめ考えていたのです。

 

「決めた、コンバースの黒とアーノルドパーマー(?)の白(赤のワンポイント入)にしよう!」

 

駅ビルに入っている靴屋さんへ。

24.5をはいてみると、まさかのキツい!

足、また大きくなった…?

仕事を辞めてパンプスからスニーカー生活になり、ノビノビできた足が成長した…?

店員さんにサイズを見てもらうと、ない。

それならばこっちはどうかと何点か見てもらうと言われたのが「うちには基本24.5までしか入ってこなくて、25もたま〜に入ることはあるんですけど…」。

そっか、ここレディースターゲットの駅ビルだもんね。

25を求める客ってそんなにいないのか。

そっかそっか、なんとなくそんな気はしてたけど。

「23.5ありませんか?」ってきく女の子の後に「25ありませんか?」ってきくおばさんは恥ずかしいのよ。

ちなみにコンバースもパーマーもサイズなくて断念。

 

別日、試験を受けた帰りにABCマートへ寄ってみた。

トレンド押さえた靴を揃えてるんだろうけど、高いし、欲しい靴がなかった。

私は、1万超えの流行り、新作の高いスニーカーが欲しいのではなく、5千円前後のノーマルなスニーカーが欲しいのです。

厚底とかハイテクとか履きこなせませんから!

1万超えなんて汚れるのが怖くて履けません。

 

別日、靴流通センターへ。

「靴流通センターならサイズも在庫も豊富でしょ!」

コンバースの黒とアディダスの白(ピンクっぽいオーロラみたいなラインが3本入)にきめてサイズ探し。

はい、ない。

どうやらレディースコーナーから探し始めたことが間違いだったと悟る。

店員さんとメンズコーナーに移動するも、25はなし。

しかも、白スニーカーはレディースだとかわいいワンポイントが入ったのが何種類もあるんだけど、メンズは白は白、黒は黒、たまに緑ポイント…ってかんじでthe殺風景。

でも、目の前にあるものから決めなきゃと色々見てみるも、やっぱり気にいるものがない。

 

夫には「足デカすぎんじゃないの?」って言われるけど、どちらかといえばデカイ方だという自覚はある。

24以下ははまらないし、M以下もはまらない。

24.5以上、L以上じゃないとはまらない。

でも、私が靴を買いに行って24.5とか25がないのって売れたってことだよね?

ってことは、世の人々が24.5とか25を求めてるってことで、私が足デカイんじゃなく、みんな足でかいんじゃないの?

っていう主張を夫にしたら、「そもそもレディースでその大きさは需要がないから作ってる量も少ないから在庫ないんじゃないの?23.5とかは需要があるからいっぱい作ってて在庫もあるんじゃないの?」と返される。

そう言われればそんな気もするけど、在庫がないってことは需要があるんですよ、少なくともここには!

つまりは、私はレディースでは大きすぎてサイズがない、メンズだと小さめなのか売れるサイズなのか知らないけどサイズがない…そんなサイズ帯にいるらしい。

物によって25じゃなきゃダメってのもあるし、物によっては24.5じゃなきゃダメってのもある。

ちょうどレディースとメンズの間にいるらしい。

ただ、ひとつ言えるのはかわいいスニーカーを選べることは少ないってことかなぁ。

36にもなってかわいいスニーカーですかって気もするけど、何もピンクのリボンついたスニーカーがいいって言ってるんじゃない。

ちょっとワンポイント傘マークついてたり、見る角度によっては白とかピンクに見えるラインが入ってたり、そんな程度です。

それすら望めないなんて悲しいなぁ。

 

で、悲しい気持ちいっぱいなんだけど、いつもはいてるスニーカーは底がすり減って穴空いて雨の日しみてくるし、あとはスポーツ用のスニーカーしかないので、急いで探さなければいけません。

靴は物によってあうサイズが違うから通販は面倒で。

もうちょっと実店舗巡って頑張ります。

社会保険労務士合格発表まで9日。生きる意味。

8/23(日)に試験を受けてから約2か月。

合格発表まで9日となりました。

私は今までこのブログ上でも現実の(?)人間関係でも社労士試験を受ける事を言えませんでした。

2人の人を除いては。

なぜ言えなかったかというと、新卒から約10年主に給与計算や社会保険を担当してきた私にとっては「すんごい資格」だったから。

憧れ、難関、内容…トータルで見て神的な資格で、私なんかがその試験を受けるなんて恐れ多かった。

だから、そんな「すんごい資格」に私が挑戦するなんて言えなかった。

社労士試験を受けると言ったのは、夫と担当医の2人。言わざるを得ない2人のみだった。

実際、受験を決めるまで、受験申し込みをするまで、すごい葛藤があった。

私に、受験勉強ができるのか…

受験できるレベルまで到達できるのか…

体調は維持できるのか…

試験当日、試験会場までたどり着けるのか…

丸1日の試験に耐えられるのか…

試験中にパニック発作が起きたりしないだろうか…

もし、勉強が続けられなければ、受験できなければお金が無駄になる…

正直、受験なんてしない方がいい理由はあげればキリがなかった。

それでも挑戦しようと決めたのは、「時間」と「何かしなきゃという気持ち」からだった。

社労士試験は合格率が一桁台という難関試験で、受験勉強にはかなりの時間が必要。

仕事ができていない今が一番時間を確保できるんじゃないか。

そして、仕事を辞めた自分、そこから動き出せない自分、グルグルと何とか今の状況を変えたい自分と、でも変えられない自分、焦りとか劣等感とか…そんな無限のループをなんとか断ち切りたくて、何か変えなきゃっていう、何かきっかけを作らなきゃって気持ちが大きかった。

動き出せない自分でもいいかって思った時もあった。夫がいれば生活はできる。何も私が頑張らなくていいか、死ぬまで混沌とした生活でもいいかって。

でも、どこかで嫌だった。

1日、朝夫が仕事に行ってから、帰ってくるまでテレビを見たり昼寝をして夫が帰ってくるのを待つ。

楽だけど、楽しくなかった。

毎日毎日ホントに同じことの繰り返しで、何の刺激もなくて面白みもなかった。

こんな生活が一生続くかと思ったら、なんかもういつ死んでもいいやって思った。

それくらい、生きる意味が私にはなかった。

たぶん、そんな中で「何か変えなきゃ」って思ったのは、生きようとする本能的なものなんだろうなって思う。

生きる理由を見つけたかった。

そのために、何でもいいから何か変えなきゃいけなかった。

その「何か」が私にとっては、ずっと憧れていた社労士試験を受けることで、このタイミングだったんだと思う。

 

ただ、実際の受験勉強はやっぱり大変で。

内容はもちろん細かいし難しいし、10年担当していた分野だったから救われた部分もあったけど、それだけじゃ太刀打ち出来るものじゃなかった。

それ以上に、体調の維持が一番の課題で。

受験のプレッシャーや元々抱えている家族の問題や自分自身の悩み、何度も何度もドロドロした感情に飲み込まれそうになりながらギリギリを保ってた。

いや、たまに飲み込まれて寝込んでた。

飲み込まれそう、飲み込まれた、飲み込まれないようにしなきゃ…そんなのを繰り返しながら受験勉強を続けた10か月だった。

 

試験1か月前からは何度も「電車乗れるかな」「会場着けるかな」っていう不安に襲われた。

「これは厳しいな」って思ったから担当医に相談して、アルプラゾラム(不安に効く薬)を処方してもらった。

 

試験が近づくにつれて息苦しくなったり、過呼吸気味になったり、身体中の強ばり、緊張がひどくなったり、吐き気がしたり体調も崩れ始めた。

 

試験当日も朝から変に緊張していて、しかもそんな時に限って駅で露出狂に遭遇するっていう。

気持ち悪い極まりなく、精神もやや乱れたり。

それどころじゃなかったけど、アホなのかと思ったりそれ以上に気持ち悪かった。

途中駅でスムーズに乗り換えできたと思ったら、試験会場の最寄駅には止まらない急行に乗ってしまっていたり。

結果、予定外の途中下車することになったんだけど、そこで緊張のピークになってしまってパニックになりかけてアルプラゾラムを飲むか飲まないかの葛藤。

状況的には飲んだ方が良かったけど、試験という事を考えたら眠気を避けるために飲まない方がいい。

結局、アルプラゾラムを握りしめて最寄駅まで行って、なんとか試験会場到着。

私は今回の試験で、試験中にパニックになったら薬を飲めるよう特別措置を申請したんだけど、妊婦さんたちと同じ部屋でそれもちょっと精神的にキツかったな。

私だってできるならうつ病・パニック発作じゃなく妊娠で特別措置申請したかったな。

多分、そんな日は来ない。

1日緊張は続いたけど、無事試験は終わって。

何より、長いじかん座り続けたのが久しぶりだったから身体中の痛くて、体力が落ちている事を痛感。

身体中が、頭皮から腰までがバキバキに痛かった。

 

試験の帰り道、すごく晴れ晴れした、充実感でいっぱいだった。

こんな気持ちいつぶりだろうってくらい嬉しくて。

体調がガタガタの中10か月勉強できたこと、試験範囲を勉強し終えたこと、試験会場にたどり着けたこと、ちゃんと試験を受けられたこと…

試験の結果は関係なく、人生で初めて素直に「私よく頑張ったな」と自分で自分を褒めて、自分を認められた日でした。

それまでは、受験勉強はできて当たり前、試験は受からないと意味がないと思ってきた私がちょっと変われた日だったのかもしれない。

 

合格発表まで9日、いろいろな機関や人が出している基準点予想と比較して、選択は基準点越え確実、択一は基準点ギリギリなので、当日にならないと結果は分かりません。

結果を見てから、その後の行動を決めようと思います。

 

試験を受けただけじゃ人生は変わらなくて、試験終了直後のキラキラした気持ちも時間と共に失われて、私の生きる意味探しはしばらく続けなきゃいけないんだなって思ってる。

それを続けることが生きる意味なのかな。

続けたら、いつか確固たる生きる意味が見つかるのかな。